医療系文字起こしの実際とコツ

筆者は医療関連文字起こしをメインで受注しており、これまでの仕事の8割ぐらいを占めています。
残りの2割は行政会議やインタビュー(メイン話者が起業家、工場見学の説明、etc.)です。

医療関連とそうでないものを両方やってみると、医療関連ならではのコツがあることが分かりました。
医療関連以外との相違点も含めて、一度まとめて記事にしてみたいと思います。

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相違点1 単価がほんの少し高い

専門家向けの内容の医療関連文字起こしは、単価が高く設定されている場合が多いようです。

web検索で、医療関連案件を受注している文字起こし会社の料金表を見てみてください。
通常料金に+100円~150円/分としているところが多いですよね。
(※一部に、内容問わず同じ料金としている事業者もいらっしゃるようです。)

ちなみに、私の手取りは通常案件料金+150円にははるか及びません。

実際に作業をしてみると、単価に差をつけたくなるのは納得です。
受注している会社としては別の理由で単価を上げているのでしょうが、作業をしている側の感想としては、普通の案件より格段に時間がかかる!!

その理由を次の項目から挙げていきます。

相違点2 時間がかかる:話者が早口であるため

時間がかかる理由の1つ目は、早口な話者が多い からです(個人の感覚)。

私はこれまでに受注した案件の録音時間と書き起こし文字数の記録をつけているのですが、記録の数字上最も早口だったと思われるのは「130分の音源で51000文字」です。
60分当たり約23500文字。1分当たり約392文字。

ざっと検索した限り、ちまたのスピーチ原稿は1分間300文字ぐらいで考えることが多いらしい?ので、単純計算で1.3倍の早さで話していたといえましょう。

試しに、1時間で18000文字ぐらいの音源を1.3倍で聞いて書き起こしてみてください。きっとものすごく早く感じます。そして、労力の割に全然書き起こしが進まないことにがくぜんとします(泣)。

相違点3 時間がかかる:合間に挟まる専門用語、英単語やドイツ語単語を調べる必要があるため

時間がかかる理由の2つ目は、専門用語が多くて逐一調べる必要があるからです。

専門用語(薬の名前、術式名、器具名、etc.)は調べる度に自作の用語集に書き足していきますが、医療とひとくくりに言っても領域が広すぎます。
さらには同じ専門科(例えば泌尿器科、婦人科etc.)の中でも内分泌、腫瘍など細分化されているため、非常に似通った内容の案件を連続して受注しない限り「前と同じ用語集が使える!」ということはほぼないのです。

知っている単語が増えていくことは楽しいですが、いくらやってものれんに腕押し、底なし沼感があります。

さらには日本語の合間に英単語やドイツ語単語を混ぜてくるから(世にいう、ルー大柴さんの『ルー語』を想像していただければ)というのもあります。

相違点2に記載した「1.3倍の文字数だった」案件はもっとも早口な場合ですが、そうでなくともこれに近いスピードで
「ステる」
「chronicな慢性疾患(注:chronic = 慢性)」
「confinedなcomplication」
「CFAE(←なんとこれで「カフェ」と読む!検索するの大変だった…)」
と、変な日本語(らしきもの)を話すわけです。

そして口語でしか使われない言い回しは、用語集や論文ではほぼ突き止められない。
(↑こういう場合、個人のブログやTwitter検索でヒントを得ることが多いです。確定の根拠にするには弱いですが、手がかりになります。詳細は後述。)

※ちなみに、私ぐらいの世代(今30~40代ぐらいか、それ以下)になると、大学の専門教育であまりドイツ語は重視されておらず、混ざるとしたら専ら英単語という気がします。
ドイツ語なんて、せいぜい教養(総合大学だと1年次)で1年間やったぐらいのもんじゃないでしょうか。
逆に、その前の世代は紙カルテにドイツ語で記載するのが標準だったらしいので、たぶんドイツ語が混ざりやすいかも。
(患者に分からないような隠語を使うのが、ちょっと前までデフォルトだったんですよね。インフォームドコンセントの概念がなかったような時代。今や信じられません…。)

相違点4 使われる漢字が独特

せんい→線維(繊維ではない)
ようりょう→用量(薬を用いる量。容量ではない)
ばくろ→曝露(暴露ではない)

のように、ちょっと変わった熟語が多いと思います。
ずっと入力していると、だんだんこちらの変換が先に出るようになってきますが、普段医学関連用語を入力していないような環境で作業するときには注意が必要です。

他にも
神経叢
喘鳴(正しくは「ぜんめい」らしいが「ぜいめい」と言う人もいる)
跛行
のように「こんな言葉も漢字も、普段全然使ったことないわ!」ということも多々。

※ちなみに、読み方が独特だと歯科領域でよく言われるのは
抜歯 → ばっし
抜糸 → ばついと
と読んで区別するという事実。
口頭の連絡で「次の患者さん、抜糸でーす」なのか「抜歯でーす」なのかが区別できないと、医療事故になりますもんね。
というか、学生時代にしつこく言い聞かされたので、たぶん誰かが過去に間違えたんだろうな…。
こういう「してはならない」系の教訓って、必ず背景に過去の事故があるものです。

コツ0 医学(or介護系)のバックグラウンドがある

詳細な単語などは知らなくてもいいのですが、医学関連の場合、疾患や治療の概念(大枠)のようなものや、どの分野にも共通する考え方薬理学の用語みたいなものは身に付いていたほうが有利だと思います。
バックグラウンドなしに参入したとしても、どうしてもバックグラウンドのある人たちが優先して仕事を振られると思うので、なかなか経験を積むところに至らないかもしれません。

似たようなところで、介護系の案件も結構ありますので、介護系バックグラウンドがある方は強みにできると思います。介護はまた独特の言い回しや単語(略語も)がありますね。医学関連が得意というと介護関連も時々来るのですが、現場を知らないので結構苦労します。

ただ一方で、私などは政治・国際情勢・歴史などには(医学関連より)疎いです。残念ながら、得意でないと言い切れます。
たぶんこれらの案件もカバーできればオールラウンダーになれるのでしょうが、その労力があるなら医療関連分野を極めたいと考えています。
興味の幅は広く持とうと心掛けていますが、誰しもどうしても疎い分野が出てくるものです。
自分の得意な分野でトップを目指すのが、仕事の方向性を決める上では賢明な判断だと日々感じています。

コツ1 とにかく医療関連用語に触れる

ここから本題で、医療関連文字起こし案件をこなすコツをいくつか書きます。
1つ目は「とにかく医療関連用語に触れる」です。

おそらく医療関連文字起こしを受注する方は、医療系資格をお持ちの場合が多いのでは?と思います。
そういう方におすすめなのが日経メディカルonlineです。
医療系資格をお持ちの方なら、無料で会員登録できます
(医療系資格がない場合、今のところ会員登録は規約違反になるようで)。

このサイトの何がいいかというと、まず大量の医学関連記事が読める
学会発表のサマリーから、日常診療で起きる悩ましい出来事の解決法、クリニック経営まで、様々な角度からの記事が掲載されています。検索で過去記事を探ることも可能。

そして新着記事のメルマガが定期的に(ほぼ毎日?)届くので、その見出しを見るだけでもトレンドが分かります
例えば、今ASCO(アメリカ腫瘍学会)の時期なんだ~、今年はオンライン開催か~とか
新しいコロナの論文が●●に載ったんだ~とか
あの計測器具が保険収載されたんだ~とか
ざっくりとそのぐらいですが。

一部に医師のみが閲覧できる(歯科医師でも閲覧不可!)の症例検討クイズなどもありますが、微々たるものです。

聞いたことがある顔見知りの単語を増やすために、隙間時間で気楽に流し読みすることをおすすめします。

コツ2 検索の手段をたくさん知っておく

医療関連以外の文字起こしでも、高い情報検索能力が求められるものですが…
医療関連案件において、特に役立つと個人的に感じている検索方法を以下に挙げます。
主に、はっきり聞き取れない単語があった場合の対処法です。

1. 単語が一応聞き取れた場合→聞こえたままにカタカナで入れてみる

病院の患者さん向けページなどに、カタカナ表記で載っていることが結構あります。
1文字か2文字聞き違えていて、Googleさんの「次の検索結果を表示しています:」に助けられることも。

2. 前後の単語は分かったが、ある特定の単語が分からない場合→ライフサイエンス辞書のコーパス検索を見てみる

ライフサイエンス辞書はこちら

例えば「~tion pneumonitis」と聞こえて、「~tion」が分からない場合。
検索窓に「pneumonitis」と入れて、「直前でソート」のラジオボタンにチェックします。

そうするとこんな検索結果が↓

~tionで終わる直前の語を探すと「aspiration」か「radiation」が出てきました。
ここで音源に戻って聞き直す。見当をつけてから聞きなおすと、急に鮮明に聞こえることもあります。

後ろの単語が分からない場合、「直後でソート」に切り替えて同じように検索すればOKです。
とはいえ、この検索で突き止められるのは体感で3割ぐらいでしょうか。あまり期待しすぎないほうがいいです。

3. 話者の名前で検索してみる(漢字名、ローマ字名ともに)

インタビューされる先生は研究報告や論文を書いていることが多く、別の媒体に同じような内容で取材されていることも多いものです。
その場合は使う用語も似通っていることが多いので、そちらに手がかりを求めてみます。

例えば、山田太郎先生の場合
「山田 太郎」で検索すると、所属している医局や病院のホームページが出てきます。
熱心な病院・先生だと、患者向けにコラムのような感じで疾患や治療のまとめを載せていることがあったり、
プロフィールページに先生の業績一覧が載っている場合も多いので、そこから論文を探すことができる場合もあります。
(ちなみに同姓同名の先生が出るようでしたら、専門科名を後ろにつけてみます

論文を探したい場合は
「Yamada,T. radiation pneumonitis」のように「名字そのまま,ファーストネームの頭文字.」で名前を入力し、+論文に出てきそうなキーワードで検索してみます。

論文検索の場合、そのままキーワードをGoogleの検索窓に入れてもよいのですが
Google Scholarという論文検索サイトのほうが使い勝手がいい場合もあります。
キーワード関連順、執筆年順などでソートしたり絞ったりできるので。
あとはおなじみPubmedでしょうか。

その先生が過去にあまり大学の所属を変わっておらず、出身大学名が分かる場合は、各大学ごとの学術リポジトリを見ると、より絞られていて探しやすい場合もあります。
学術機関リポジトリ構築連携支援事業>機関リポジトリ一覧

CiNiiJ-Stageもありますが国内論文だけなので、日本で出版された論文だけで事足りる場合にのみ使えます。

4. 治験の名前が分からない場合→薬のIFを見ると載っていることがある

治験の名前(通称、俗称)はくせ者です。資料があればいいのですが、資料なしで突き止めるとなると、適当なつづりで検索するしかありません。カタカナで記載されることがほぼないので、カタカナ検索作戦も使えない。

最近、強い味方を発見しました。薬のIF(インタビューフォーム)というものです。
(薬学領域の方には今更すぎるかもしれません。すみません。)
薬剤開発の背景、副作用、薬物動態など、薬のプロフィール全てが載っています。
治験のアドバイザリーボードのような特定の薬剤の話題が多い案件では、ぜひ閲覧できるかどうか確認してみることをお勧めします。

特定の薬剤を示すのは避けますが、普通に「薬剤名 IF」で検索すると、オンラインに公開されていればインタビューフォームが閲覧できます。大抵冒頭の「開発の背景」みたいなところに臨床試験名が載っています。番号のみで記載されて、俗称のようなものは載らない場合もあるようですが…。

5. 口語の場合→Twitterやブログで検索(最終確定のソースにはしない)

上にも書きましたが、用語集に載らないような口語の業界用語については、案外これらの検索が役に立ちます。
ブログだと「新人ナースor研修医のためのカンファ用語」みたいな記事に載っていたりします。

例のCFAEも、確かこの方法で突き止めました。「カフェ 循環器」と入れたら「なぜCFAEをカフェと読むんだろう」みたいなことを書いてくださっている方がいたんです!本当にありがたい…。
その後で文脈上違和感がないことを確認し、ある程度の根拠を得た上で注釈をつけて納品しました。

最終手段:不明処理

全くもって録音状態がよくない、滑舌が悪すぎるなどで「そもそも無理ゲー」な音源もよくありますので、ある程度調べ尽くしたところで不明処理にするのがいいと思います。
文字起こし作業の後には、話者の方に起こした原稿を確認してもらったり、ライターの方がいい感じにまとめたりという工程が大抵ありますので、そちらにお任せするのが賢明です。

コツ3 医学部がある大学について知っておく

これは地味な知識ですが、間接的に役立つ場合があります。
簡単にまとめてみます。

・旧帝国大学(旧帝大)系は全て医学部を持っている。
(東大、京大、北大、東北大、名大、阪大、九大)

・その他、各県の国公立大学に最低1つずつ医学部がある(栃木のみ、私立の自治医科大学がそのポジションにある)。
ただし国立大学の場合、必ずしも県名を冠するとは限らない。
弘前大学(青森大学は私立)、金沢大学(石川大学は存在しない)、神戸大学(兵庫大学は私立)、
名古屋大学(愛知大学は私立)、筑波大学(茨城大学も国立だが医学部はない)、信州大学(長野大学は私立)

・似たような名前の大学に注意。
東京医科歯科大学(国立)と東京医科大学(私立)
金沢大学(国立)と金沢医科大学(私立)
名古屋大学(国立)と名古屋市立大学(公立)
京都大学(国立)と京都府立医科大学(公立)
大阪大学(国立)と大阪市立大学(公立)と大阪医科大学(私立)と関西医科大学(私立)
日本大学(私立)と日本医科大学(私立)
東京大学(国立)と帝京大学(私立)(不明瞭な音源だと案外区別が難しい、文脈から類推)

・過去は○○医科大学として独立していたが、県内の国立大学に吸収合併された例がある。先生の出身大学名などで注意。
(福井、島根、香川、高知、佐賀、大分、宮崎、山梨、富山)

・地方に行くほど国公立大学の割合が多いイメージ。逆に東京近郊と関西(大阪、京都、兵庫)は私立大学が多いイメージ。

・国立大学出身者が私立大学の教授、または東大・京大出身者が地方国公立大学の教授になることはよくあるが、その逆は非常に少ない。

・所属大学医局or在籍大学院と出身大学は必ずしもイコールではない。
出身大学≠所属大学医局or在籍大学院の場合、一般に大学入試の偏差値で見てより高い大学の大学院に入ることが多い。
私大卒→国公立の医局or大学院はよくあるが、国公立卒→私大の医局or大学院は少なめ(慶應除く)。

・そもそも、近年は特定の大学医局に属さない(属したことがない)医師も多い。

・川崎医科大学(岡山。神奈川県川崎市ではない)は所在地に注意。

・以下の3大学は大学としての方向性がはっきりしているので区別して認識しておく。
産業医科大学(私立、福岡、産業医養成に重きをおいている)
自治医科大学(私立、栃木、卒後に地域医療に従事する義務期限がある)
防衛医科大学校(省庁大学校、埼玉。学費は一切無料、学生のうちから国家公務員として手当が支給されるが、卒後9年の勤務年限を終わる前に離職する場合、卒業までの経費を償還しなければならない。つまり自衛官として働くのがほぼ必須。)

まとめ

こう書いてみると、医学関連ならではの知識というのはいろいろな角度から必要とされることが分かります。
これを偶然読んでしまった、医療系バックグラウンドをお持ちの国語が得意な貴方。
ぜひ医療関連文字起こしの世界に足を踏み入れてみませんか。結構楽しいものです。

おわり。

error: コピーお断り、ごめんなさい